この空の向こうに

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Date : 2008年07月

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訓練期間中ホームステイしていたおうちの傍の魚屋さん。
いつもいつも気軽に声をかけて温かく迎えてくれた。


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私のサイトにいる子供。
最初の頃にとったこの写真、二人の笑顔に
心が解けそうになったのを覚えてる。


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同じくサイトにいるヤギ。
都市のスラムなのに色んな動物がいる。

にわとり・ねこ・やぎ・いぬ
カモみたいなとり・リス・もぐら・ねずみ

スリランカに来て、たくさんであった、
好きな人、好きな動物、文化、生き方、笑顔。








そういうこと、半年くらいして仕事が忙しくなって
目いっぱいになり始めてから、
忘れてるわけではないけど当たり前になってきて
その分、悪いこと。出来ないこと。足りないことが
目に付くようになって、
イライラしたり、むかっときたり、どうしようもないと
言い聞かせたりが増えてきていた。

不思議なもので、最初の頃の周りが好きだったときは
自分の事もなんとなく前向きで好きだった

でも、半年を過ぎたあたりで不満が増えて
自分自身にも不満と不安が増えてきた。


その間で2年間うろうろするのかもしれない。




今は、9ヶ月を過ぎて、
悪い方向に行きそうだった自分を冷静に振り返ることを
少しずつはじめている。
仕事はほぼ休日なく、毎日動き回っている。
仕事の内容は自分で決めてきたことだ。
住民の声と生活から見て感じて、聞いて、決めたこと。
生活インフラも、教育支援も、保健衛生も、収入向上も
廃棄物マネジメントも、コミュニティー強化も。
どうやって人々の生活を良くしていけるかを、
住民と共に考える毎日。
今するべき仕事の内容には沿っていると思う。








だけど、ここで、冒頭のタイトルに戻る。 






昨日、帰り道で乗ったトゥクトゥクのお兄ちゃんに相談された。

「最近、俺達の駐車場に2歳と5歳の子が朝から晩までいる。
父親はいなくて、母親は少し頭が弱い様子だ。でも、朝仕事
に出て、夜戻ってくる。それまでずっとただ駐車場にいるんだ・・。
俺達でも困ってる。ミスは何か助けてあげられる事できないか?」


そこで、
私は、正直こう思ったのだ。

「また、そうやって、なんでも私にいったらなにか
解決してくれると思ってそんなこといって。
お金も助けも私が出来るわけないじゃない!
私の担当区域でもない。自分達でどうにかしてよ。」


そして、そのとおり、

「スリランカ人がどうにか解決案を探して助けるべきだ。
私はそういう仕事をしているわけじゃない。
他にやることがいっぱいあるのだ」




と、伝えたのだった。












家に戻ってから、
部屋に帰ってから、
何かの違和感が私をすり抜けていった。









わたし、じゃあ、何のためにこの仕事をしてるの?
何がしたくて一生懸命になってるの?




そもそも開発の方向に進んだのは、
色んな事情に恵まれず、自分の力ではどうにもならず
厳しい境遇で苦しむ子供達の力になりたいというのが
理由で、かつ自分の原点じゃなかったのか?






自分自身と、自分の人生と、
一番深く関わるところではなかったか。



古い友人は知っているところだが、
私の子供時代は普通ではなかったことが多かった。
自分の小さい心では抱えきれないものを
めいっぱい支えているうちに
たくさんのものを感じなくなっていった。
表現しなくなっていった。
素直ってなんだろうと吐くように思った。
自分は普通の人にはわからない
特別な体験と感情を経ているのだと
どこかで壁を作るのに慣れていった。

だけどそのことの空しさと寂しさと悲しさに
気がついたのだ。
感情豊に素直にプラスの感情で心を満たして
生きていくことの素晴らしさを
自分も知ってることを思い出した。
そして、自分なんかよりずっと厳しい境遇の
子供達が世界にいることを知っていった。

だから、
その状況を変える仕事を少しでもしたいと
思ったはずなのに。


昨日の夜、私の心と、口から出た言葉は
自分の生き方を否定するような矛盾したものでした。
自分に裏切られた感じで、ショック。
本当は相談をうけたことを喜んで聞くべきなのに。

仕事のことだけでなくとも、
自分自身についても、たくさんの矛盾を感じるこの頃。
自分のダメなとこ、よーくみえる。
でもそれを、どうしたらいいか、わからない時も多い。

30なんて、もうすっかり人生を悟って、
コントロールもできて、悩んではいけない大人だと
思っていたのにな。まだまだなんだ。































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スリランカについて2週間。
都会コロンボで研修する私達に「田舎ホームステイ」
4日間が始まりました。ええ。そう。
ジャングルですよ。

私の入るうちにはこんな家族が。
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このおとうさん。
最初に会ったときは寡黙で、ほんの少し
温かい笑みをうかべて、私を優しく見守るような態度でした。
私の理想のお父さん像。
そう、べちゃくちゃ偉そうに話したり説教じみた感じは
全くなし。素朴で・・・きゅーんとなってました。
いや、いまだに何回会いに行っても大好きなんだけどね。

問題は、
お酒が入ると人格が一変すること。

2回目にいったとき、

「おねが~い。ビール買うからお金チョーだーーい」
と、若干、涙目。



嘘!?だ、だれ!!??

(◎'A`♭



大変!お母さん・・

お父さんが・・・・!!





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(水場は外。体洗いも食器洗いも歯磨きも外。)

そうさねえ・・・・。

お父さん飲むとねえ・・・・・。



そうさねえ・・・・。





ま、お酒はちょっぴり問題ですが ̄(エ) ̄
大事なことは気持ちで、
田舎のこの家族は、本当にシンプルに生きていて、
やっとのことで、生きていて、
それでも娘、息子みんなとっても優しくて。
私にとってはとにかく、スリランカに来て大好きな家族と
なったのでありました。

田舎ばんざい!


ちなみに蚊がいるんで蚊帳が必須ですが・・・
天井にかけるところがなかった。













ので直(ぢか) 巻き。

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おやすみなさい・・・ぐぐ。








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ココナッツを飲む一緒に来たスリランカ同期。
自然のポカリとか呼ばれてますが、そのままだと
まずいっす。でもね、
砂糖とライムを搾ってドリンク造るとおいしいって、最近知った。
スラムのサイトの住民がつくってくれたもの、とびきりおいしい!

さて、現地訓練では
ホームステイして言語(スリランカの言葉・シンハラ語)3週間勉強しながら
町に出て歩いたり、乗り物に乗ったり、田舎でホームステイいったり。

当時撮り貯めたものから紹介。
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スリランカにはマックがある。(たぶん3店舗くらい)
そこに、マックライスがある。日本円でも130円。
ウワサに聞いていたのでスリランカに到着して3日目くらいで
食べた記憶。

うん。辛いんだな。たまねぎは生なんだな。

次、これ。

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はい。やっぱりカレーですな。
最初っから手でもそもそ食べてました。
味ね~。

うーん。もうすっかり1日に1度は食べているので
(朝はパン・夜は自炊で野菜炒めなどで栄養補給)
客観的には判断できないけれど・・

たぶん。そんなにはおいしくない。

いや、おいしいよ。他の料理と比べなければね。

でも、そのカレーですくすく育っている私。
帰国するときには加齢臭に加えて
カレー臭を放ちませんように・・

最後に、これ。
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これがうまいんだ!!

あれ?現地訓練で伝えたいことは
食べものだけじゃないはず・・。
昔いわれたな、友人に
「あんたの話すことって食べ物のことばっかりだよね」




ふ~ん。





明日は現地の人の暮らしを書きますー。

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はい。白くてまぶしかった昔のあたしです。
写真編集の関係で若干エロ目ですが。
え もともとエロ目?
スリランカにきて9ヶ月が経ってしまいました。
私の任期はあと1年3ヶ月。あっという間です。
色んなことがありました。
そして色んなことが毎日あるだよ。

今更ながらきちんとお話していこうかと
自分の今につながること、比較しながら
一つづつ伝えられたらなと思います。

スリランカに到着した1日目、そう、その日記が残っていてね。
私はこう書いてます。

「熱い!暑い!!
 日本での友人や家族の見送りに感謝。
 その気持ちを大切に新しいところで2年間がんばろう」

ういういしいーーーーーー。

「新しい2年、新しい私にこんにちは!」

うーん。病気だな。さわやか病だ。

そして今のあたし、


















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あ 間違えた
ちょっと横に行き過ぎちゃいましたね



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これはスリランカのサリーの着方、
「オサリヤ」です。
焼けた素肌が9ヶ月の南国生活を語る。
ギラギラしてるばかりかギトギトも毎日してる。
これは同僚の結婚式に出たとき。
オフィスのスタッフにプレゼントしてもらったサリーを着てでたのです。
息苦しくて死にそうで着るたびにその日に体調を崩します。
のろわれてるのか・・。


また明日も元気に更新!
そうそう、今日話したいことはきっと来週くらいには話せるはず。。

プロフィール

そら

Author:そら
小3でスケ番になる方法を編み出し
友人に伝授。基本斜め歩き。
中3でパンのみ購入可の昼食に
小僧寿しを買って怒られる。
いーじゃん。
高3で
「君は寝坊で一生をダメにする」
と担任に諭される。
大3で開発の道に進むことを決意。
就職3年目、
寝坊が原因でクビが危うくなる。

自分でも自分に半信半疑です。

開発のお仕事でやっと現場に
出られる事になった私の、
ちょっとまじめでふざけた毎日。

れきし:
留学費用捻出の為、あの生●保●
会社に4年勤務。予定の倍年とる。
英国ウェールズ大学大学院:社会開
発プランニング&マネジメント卒業。
青年海外協力隊員:
村落開発普及員としてスリランカへ
19年9月より2年派遣予定。

社会開発分野を選んだ理由:
自分がとても幸せな子供だった
から。恐怖と憎しみと飢餓を
子供に与えない、そんな社会を
作る仕事の一端にいたい。

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